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瀬田玉川神社のご祭神

日本武尊(やまとたけるのみこと)
 第12代景行天皇の皇子で国土開拓の祖神として幾多の英雄的信仰を背負った神様です。

大己貴命(おおあなむちのみこと)
 一名大国主の命と申上げ人造り国造りの神として信仰厚く、国土の経営に当り、また医薬を教え夫婦和合の道を説きました。

少彦名命(すくなひこなのみこと)
 大国主の命の国造りの大業に協力した神様です。
 
○合祀した神社 八幡神社・天祖神社・熊野神社・山際神社・六所神社
○境内末社   稲荷神社   倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
○飛地境内末社 瘡守稲荷神社 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)

年間の主な祭典行事

 1月 1日 元旦祭
 2月初午    初午祭(稲荷神社)
 4月 1日 祈年祭
 4月15日 瘡森稲荷神社例祭
 6月30日 夏越大祓
 9月 1日 風祭
10月
 第3日曜日 例大祭
12月 1日 新嘗祭(新穀感謝祭)
12月27日 年越大祓

 毎月1日・15日 月次祭 

瀬田玉川神社の例大祭

例祭日 10月第3日曜日(※例祭日の前日が宵宮となります)

神楽殿奉納演芸

歌手やチアダンス・フラダンス、奉納太鼓など、神楽殿は終日賑やかになります。境内には、50を超える屋台が、参拝者を楽しく迎えます。

 

瀬田神輿の宮入

夕刻、瀬田の街の隈々を練り歩いた神輿(大人神輿、大太鼓、女性神輿、子供神輿)が宮入します。この時、境内は多くの参拝者と担ぎ手でいっぱいになります。 

 

瀬田囃子奉納演奏

終日、神楽殿では、瀬田囃子が奉納され、江戸情緒あふれる祭りに盛り上げます。たくさんの子供たちも、お囃子に取り組んでいます。

 

玉川神輿

玉川神輿は、玉川高島屋や二子玉川ライズ周辺を練り歩きます。多くの買い物客で賑わう二子玉川駅周辺ですが、この日は祭り一色に一変します。

 

神社の歴史

 明治18年に役所に提出した旧社名「御嶽神社」の書類には、その由緒として、「戦国時代の永禄年中(1558~70)に、この村の下屋敷に勧請し、その後、寛永3年(1626)、瀧ヶ谷に長崎四郎右衛門嘉国が寄付をして遷宮した」とあります。
 また、当社に保存する棟札には、元禄8年(1695)9月、長崎四郎左衛門嘉満、又四郎嘉包が、子孫の長久繁栄を祈願して、拝殿一宇(棟)を造営したと記録されています。
 明治41年には、在郷の小社数祠を合祀して、同年4月1日従前の御社号、御嶽神社を地名により「玉川神社」と改称しました。
 大正3年に社殿を改築し、同12年には関東大震災の被害を受けて補修が行われました。
 昭和41年9月、台風26号の猛襲を受け、境内の樹齢7~800年の東京都指定天然記念物の赤松が惜しくも倒れ、これを契機に社殿並びに社務所の新築に取りかかり、同43年11月に完成を見ました。

History

The history of the Setatamagawa-jinja shrine
In the document submitted to the government in Meiji 18 (1885) as “Mitake-jinja”, the origin of the shrine is described as; “the deity was invited to the suburban estate of the village during Eiroku era (1558-70) and was moved to the established shrine at Ryugadani with donation by Nagasaki Shirozaemon Yoshikuni”.
Also, the pillar label preserved at the shrine says that Nagasaki Shirozaemon Yoshimitsu and Matashiro Yoshikane donated worshippers hall wishing prosperity of their descendants.
In Meiji 41 (1908), small shrines in the village were merged with this shrine and on 1st April of the same year, the name of the shrine was changed from Mitake-Jinja to Tamagawa-Jinja according to the name of the region.
The shrine building was rebuilt in Taisho 3 (1914). It was suffered from the Great Kanto Earthquake of 1923 and repaired in Taisho 12 (1923).
In September Showa 41 (1966), the region was attacked by a strong typhoon, and 700-year-old Japanese red pine trees aged which were nominated as natural monument of Tokyo were suffered. On this occasion, rebuilding project of both the main building and the worshipper’s hall was started, and it was completed in November Showa 43 (1968).


瘡守稲荷神社

~無病息災・病気平癒の神~

 当社から北に歩いて5分程のところに、稲荷神社がひっそりと佇んでいます。
 「瘡」とは皮膚病のや性病を表す文字で、この地に住む人々を病気から守るために造られました。
 その背景には、二子玉川に多くの人々が娯楽を求めて集まり、遊郭が増えた時代があります。次第に伝染病が広がり病気平癒の願いを込めて造られました。 
 その後、病気平癒・無病息災祈願のため遠方よりはるばる訪れる人々が増えるようになりました。
 お社の中にはたくさんの狐の置物があり、これは当時、狐の置物を奉納すると病気が治るという言い伝えがあったからです。 

 
社殿右前にある欅は、「世田谷名木100選」に選ばれている。

二子玉川・瀬田地域の歴史

~劇的に変化する神社の周辺の様子を見てみよう~

多くの著名人が訪れる神社

撮影の合間にスケッチをする 石原裕次郎さん(昭和40年頃)

 

鎮守の杜は、昔と変わらず守られている

玉川遊園地と玉川閣、後方は当社の鎮守の杜(昭和4年)

 

時代とともに変化する街

多摩川の春を満喫する、芸奴さん(昭和初期)

 

昔から多くの人々の往来を支える電車

二子橋の路面を走る東急電鉄(昭和35年)

 

 瀬田・二子玉川のあるこの地域は、小田原北条氏時代は世田谷吉良氏の所領でありましたが、徳川氏江戸入城後は幕府の直轄地(天領)となり、寛永10年(1633)井伊直孝の領地となって明治維新に及びました。
 その後、明治22年に付近の7つの村と合併して誕生した玉川村の大字となり、昭和7年の世田谷区成立の際に玉川町と分離、玉川瀬田町となりました。さらに後、町域変更を重ね、昭和46年に住居表示により各々瀬田、玉川となりました。
 また、現在、二子玉川(通称 にこたま)と呼ばれるこの地域は、二子玉川駅を中心に様々な店と人で賑わっていますが、これはこの街の歴史と密接に結びついているようです。
 二子玉川は天保2年(1831)頃から「玉川八景」と称し、風光明媚な場所であり、今でいう人気スポットでした。多摩川沿いにはたくさんの料亭が立ち並び、夏の風物詩の花火大会は、元は料亭の客寄せの行事でした。
 明治42年頃、玉川電鉄は玉川神社のある丘の下の土地を借り受けて「玉川遊園地」を造り、二子玉川駅と瀬田駅との間に遊園地駅を設けました。この駅から1万坪にわたる園の入り口までには桜並木があり、園内には滝の落ちてくる池や藤棚、ブランコや乗り物、小動物のいるミニ動物園や、会社の運動会などの出来る広い運動場までありました。更に神社の裏手の高台には「玉川閣」と名づける百畳敷の広い演芸場も建設されて、夜は芝居や浪花節会が催されたのでした。
 この様に昔からたくさんの人々が集まり、賑わいのあった街の性格は、今でも形を変えて、受け継がれているようです。


名物・名品

~素敵な作品に囲まれて~

蛭子能収さんより、ご奉納いただいた絵馬

 

 マンガ家の蛭子能収さんご夫妻は、とても信仰の厚い方々です。
 拝殿内には、蛭子さんよりご奉納いただいた当社のご祭神を描かれた絵馬が飾られており、参拝者の目を楽しませています。
 境内には他にも、国旗掲揚塔、稲荷神社の鳥居、お賽銭箱など、蛭子さんよりご奉納いただいた品々があります。
 お参りの際は、お名前を探して見てください。

 
 

飛び出す大干支絵馬

 

 拝殿前には、全国で当社だけ!?半立体の飛び出す大干支絵馬が飾られています。
 製作は、当社禰宜が東北沿岸での鎮守の杜をモデルとした植樹活動で知りあった福島県南相馬市出身の舞台美術家・門馬雄太郎さん。
 門馬さんの実家は、南相馬市で味噌屋を営む名家です。
 現在、東京で活躍する門馬さんに、その友人らと共に製作を依頼しています。
 最近は、この大絵馬をバックに記念写真を撮る人も多いです。
 お参りいただいた皆さまに、飛び出すほどの幸運と幸福がもたらされますようお祈りを込めて、遊び心も入れながら掲げています。
 お参りの際、ぜひご覧ください。